◆◆◆クリスマスの前の夜◆◆◆


◆◆◆クリスマスの前の夜◆◆◆


「有栖川さん・・・酔ってますね?」
 電話の向こうから、少し恨みがましい声。私は大いに憤慨する。
「何言うてるんです。酔ってなんかいませんよ。お天とさんがあんなに高いところにあるのに。あぁ・・・ほんまにええ天気やなぁ。こんなええ天気なのに、俺は部屋に閉じこもって何しとるんやろか・・・」
「仕事でしょ、仕事。お願いしますよ、有栖川さん、しっかりしてくださいよぉ。連載承知したの、有栖川さんじゃないですか」
「ねぇ、片桐さん。今日何の日か知ってます? 世間は浮かれてええ感じなのに、俺は一人で部屋に籠もって・・・・」
「現実逃避してたわけですね? 一人で飲んでたんですね? 年末進行で誰もが悲鳴上げてるこの時期に?」
 担当編集者の声が少し大きくなった。怒らせては不味い。確かに非はこちらにある。
「・・・・解ってます。解ってますとも片桐さん。締め切りまでもう時間がないって事は。でもね、ほら、窓から見えるネオンがいつもの五割増しぐらいになるとね、ついついこう愚痴のひとつも・・・・」
 喋りすぎて口が渇く。暖房の利きすぎたこの部屋は、少し乾燥している。私は手にしていた缶ビールを一口飲もうとして、
「火村先生を呼んだらどうですか?」
 という、片桐の言葉に咽せた。
「げほっ、なな、何で?」
  大丈夫ですか、と、こちらを気遣った後、彼は笑いながら言った。
「火村先生に監視してもらうんです。有栖川さんがさぼらないように」
「うわ、酷い言い草やなぁ。そんなんで呼び出したら、、俺はお前の母親かとか言うて、めちゃくちゃ怒られるに決まってますやん」
「そうですか?」
 何か含みがあるように聞こえるのは、気のせいだろうか。
「じゃあ、クリスマスなのに一人は寂しいからとか言うのはどうですか? それでもやっぱり怒られます?」
「いい年した男がそんな恥ずかしいこと言えますか?笑われるのがおちですよ」
「だって、さっきの有栖川さんの愚痴を要約すると、そういうことでしょ?」
 私は顔が赤くなるのを感じた。そんなつもりはなかったが、確かにそうかもしれない。
「・・・片桐さん、私をからかってませんか?」
「とんでもないですよ。有栖川さんの酔いを覚まそうと思っただけです」
 それはそれは、仕事熱心なことで。
「締め切りはもうすぐですから、お願いしますよ。僕だって、この仕事が終わらないとクリスマスなのに家にも帰れないんですから」
「・・・・善処します」
「それを聞いて安心しました。じゃあ他にもハッパかけないといけない先生方がいるんで、失礼します」
 この時期は誰も同じらしい。
「良いクリスマスを」
 電話が切れ、私は渋々ワープロの前に戻った。

 今年最後の講義が終わり、研究室に戻ろうとする火村の前に、数人の学生が駆け寄ってきた。それらが全て女であることに気付いた火村は、今年もかと内心で溜息をつく。どいつもこいつも、何故この時期になるとキリスト教徒になるのか。
「火村先生」
「質問なら手短に」
 素っ気無い態度にも彼女らはまるで怯まない。
「クリスマス、何か予定入ってますか?」
 あまりにも予想通りすぎて、火村はとっさに言葉がでない。
「・・・入ってるよ。それが?」
「えっ、ほんとですか? 仕事とかいうのではなく?」
「嘘ついてどうする。人と会う予定があるんだよ。話はこれだけだな?」
 有無を言わさず話を打ち切って、火村は歩き出した。後ろで騒ぐ学生の声を全てシャットアウトして、研究室に向かう。
 人と会う約束など、実はない。
 去年もその前の年も、クリスマスはいつも有栖と一緒だった。だが有栖と一緒のクリスマスはいつも事件がらみで、結局、世間がクリスマスだ何だと浮かれていても、それは繰り返す日々の一つにしかすぎず、血生臭さも相変わらずで、誕生日と一緒だ、何がめでたいものか。
 こういうことを言うと、独り者の僻みだとか、幸せな恋人同士や家族達へのやっかみだとか、必ず言う奴がいるから、黙して語らず。嘘も方便。
 不機嫌に研究室へ戻ると、まるで見計らったかのごとく電話が鳴り出した。何となく予感がする。顔見知りの刑事からではないという予感が。
「はい、火村です」
「火村、俺や。今日暇か? ていうか、クリスマスイブやで、今日。暇やよな?」
 火村はゆっくりとキャメルを銜えて、火を点けた。
「・・・・アリス、お前もか」
 取り敢えず、嘘は付かなかったことにはなる。

 渋々ワープロへ向かった割に、仕事は拍手したいほど好調に進んだ。
 完成した原稿を急いで編集部に送ると、私は火村に電話した。渋るかと思ったが、意外にも火村はあっさりとこっちへ来ると言う。ちょうど今年最後の講義を終えたところだったらしい。抱えているフィールドも警察からのお呼びもなく、今年のクリスマスはどうやら平穏に過ごせそうだ。
「だいたい、お前は何年一人暮らししてるんだよ。いい加減、料理の一つくらい覚えろ。インスタントに飽きるたびに呼ばれちゃかなわねぇよ。この馬鹿」
 日が暮れてからやって来た火村は、くつろぐ間もなくキッチンへと追い立てられていつもより二割り増しぐらいで口が悪い。そういえば、もともとこの男の良い所は見た目と脳味噌の出来ぐらいだよなと、私は思う。あと料理の腕もか。私よりもずっと器用なことは認めよう。
「ぼーっとしてないで皿ぐらい出せ。食う分ぐらい働け」
 はいはい。
 あっという間に二人分の夕食がテーブルに並んだ。この料理の腕だけで、口の悪さは帳消しにしてもいい、と今だけ思う。
「流石や。火村、大学のセンセなんかやめて料理人になったらどうや?不況時には手に職のある方が何かと強みやで」
 火村はまた「馬鹿」と言って笑った。 バカバカいうな。
「さっさと食えよ。冷めるぞ」
 それでは遠慮なく。
「それで、仕事のほうはどうなんだ? 俺を呼びつけたって事じゃ、終わったのか? 年末進行がどうとかって、前に電話した時悲鳴上げてただろ」
 私の食いっぷりを感心したように眺めながら火村が言った。
「ん、さっき終わった。そんで暇になったから、一人でぼーっとしとるのも何やし、クリスマスやし」
「クリスマスに一人でいるのは寂しいって?」
「誰もそんなこと言うとらんわ」
「言ってるも同然だろうが」
 誰も彼も人の言葉尻捕まえて揚げ足取りやがる。
「火村やって、呼んだらほいほい来たやないか。火村こそ一人が寂しかったんちゃうか」
「いや、お前が寂しがってるだろうなと、そう思ったから。あとは・・・・成り行きで」
「成り行き? なんやそれ」
「いや、こっちの話。それより、アリス」
  急に改まった口調で火村が呼んだ。思わず箸を止めて見返す。
「世の恋人たちはクリスマスだってんで浮かれ騒いでいる、なのに自分は一人で寂しい。それなら火村を呼ぼうと、そう思って俺を呼んだわけだよな」
「う、うーん・・・」
「ということはだ、今夜世間一般の恋人達がやるであろう事を、お前も期待していると」
  今夜世間一般の恋人達がやるであろうこと・・・・?
「って、何言うてんねん! 飯時に! 恥ずかしい!」
「恥ずかしい? プレゼントの交換が?」
  火村はにやにや笑っている。はめられた。
「アリスは何を期待してたんだ?」
「何も期待しとらん。プレゼントなんて気の利いたもん、用意してへんのはお互い様やろ」
「心外だな」
  火村の視線がテーブルを指す。確かに今夜のメニューは私の好物ばかりだった。これがプレゼントと言いたい訳か。
「で、アリスは何をくれる?別に何でもいいぜ」
  そんな、急に言われても、ないものはない。
「一つだけあるじゃねぇか」
  火村が箸で私を指した。行儀が悪い、ていうか結局はそれか。よろしい、うけてたとう。
「わかった、ええで。ただし、今から俺のいう問題に答えられたら、今夜はとことん火村につきおうたるわ」
「ほお」
  火村は面白そうに眼を細めた。どうぞと仕草で促す。自信満々だ。その自信も今夜限りと知れ。
「サンタクロースのそりを引く八頭のトナカイの名前を全部言うてみ。そしたら・・・・・」
「ダッシャーダンサープランサービクセンコメットキューピッドダンダーブリッツェン」
「・・・・え?」
「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ビクセン、コメット、キューピッド、ダンダー、ブリッツェン」
  ゆっくりと繰り返してから、火村は勝ち誇ったように笑った。
「クレメント・ムーアだろ。『クリスマスの前の夜』トナカイの引くそりのイメージはこの詩から来ているとかいう」
「な、何でそんなことまで知ってるんや! いかさまや!」
「昔ウルフ先生から聞いた覚えがあった」
  脳味噌の出来が良すぎるのも、今は腹立たしい。
「いかさま呼ばわりしたことは大目に見てやるとして、答えが八つあったことだし、八時間連続か八回か、好きなほう選べ」
  どっちも死ぬ。そんなことしたら。
「冗談うまいなぁ。火村先生は」
  笑って誤魔化そうとしたが、そんなことで誤魔化される甘い先生ではなかった。当然。
「明日はクリスマスだぜ?こんな日に嘘つくほど罰当たりじゃねえし、約束は守る」
  しらじらしい。この嘘つき。と、負け惜しみしたところでどうにもならない。ここは観念して、
「・・・・分割払いは?」
 火村はにっこり笑った。
「利息付くぜ」
  高利であることは容易に予測できる。
「・・・・ええクリスマスや。ほんまに」
  火村はそっぽを向いた私の頭をぽんと叩いて、「ほんとにな」と呟いた。
「平和なのはいいことだ。毎年こうであることを願うね。クリスマスらしく」
  クリスマスらしく、か。
  確かに今日と明日くらいは、すべての人に平穏な一日が訪れて欲しいものだ。クリスマスに奇跡はつきものなのだから。
  火村に一泡吹かせるという、私にとっての奇跡は起こらなかったけれども。
  すべての人に、メリークリスマス。



研究結果

初出>>>>>書き下ろし
       2001.12.23脱稿


>>>>>草部所長のコメント

 コメントって何書けばいいのか、いっつも困ります。困ってるんだよ、本当に。
 「短い」とか、駄目出しされるし。どれだけ書けば満足するのさ!?
 クリスマスネタ・・・ベタですね。ベタですよね。いかにこのベタさから抜け出すかという努力する気すら起こらなかったです。
 むしろ。
 まぁ、クリスマスだからって仕事が休みになるわけでなし。いつもどおり、いつもどおり。って感じがでてるんじゃないかな。
  独り者のひがみっぽく。あ、イタ。自分で書いてて、自分にダメージくらっちゃった。
  あーもう、こんな感じでOKっすか?
  幻水3はやくやりたいなー。今度ゲームのページ作ってよー。のたさーん。


>>>>>獅子丸嬢のコメント

 所長・・・すまんです。あっしが所長のコメント無くしちゃったから・・・・二度も書かせて(泣)。
 今度所長の好きなプリン買ってきます・・・・
 でも、イイっすよね〜・・・クリスマス・・・・生クリームのたっぷりのっかったケーキにチキン・・・・
 はぁ・・・ステキだクリスマス・・・・


>>>>>いなすまるのコメント

 残暑の厳しい今日この頃、あえてクリスマスネタをアップしてみましたよ(笑)。
 今回のお話は、獅子丸嬢にタイプしていただきました。私は文章チェックとHTMLに直しただけ……しかし、表示が崩れるんでこれだけでもけっこう仕事だ(汗)。いや、でも本当に助かりました! お疲れ様です。そして有難う★
 所長もいいかげんにネットに繋いでくれれば、私達がこんなに苦労すること無いのに……。それに、のたうちさんは本館の管理人であって場所提供者なんだから、ここに要望を書かないで下さい(笑)。つか、本当に幻水ページ作る気あるんですかね、あのヒト?