◆◆◆BE MY VALENTINE◆◆◆
「な・・・にをする!!」 ふいに覆い被さって口付けてきたカトルを押しやり、五飛は怒りの言葉を投げつけてこちらを睨 む。そんな五飛の様子に動じることなく、カトルは微笑んだ。 「ねえ、いいでしょう?」 お願い、とかわいらしく小首をかしげて、カトルは五飛の顔を覗き込む。 こんなことをしても五飛は決してカトルのことは突き放さないことをもちろんカトルは承知の上だ。同じことをトロワやデュオ がやろうものなら、向こう一週間は再起不能になるほどに殴られるに違いない。 五飛はカトルにはとにかく甘かった。 線の細い容姿がはかなく見えるため、なんとなく他の3人には決してしないような手加減をしてしま うらしい。けれど、カトルはといえば、それを利用しないでいるほどお人好しではない。 「ウーフェイ……」 しゅん、とした表情をカトルが浮かべると、本当に哀しそうに見える。碧い瞳に涙さえ浮かべかね ない様子で、うつむけば、大抵の人間はあわてふためく。 慌てはしなかったが、五飛はちらり、とカトルを眺めやり、 「自分で買ったら意味がないでしょ?」 「だからなぜだ?」 「バレンタインデーだから、だよ」 明日は2月14日。誰もが淡い期待に胸をときめかせる日だと五飛は知らないらしかった。 「トロワ、相談がある」 ヒイロがこんなことを知っているとは思いがたかったし、デュオでは五飛の無知を面白がってどん な間違ったことを教えるとも分からない。とするとトロワしか相談できる相手はいない。 …そう判断した五飛はトロワの部屋を訪れた。 「なんだ?」 表情はいつもと変わらないポーカーフェイスを保っていたが、内心では五飛が自分を頼ってきた ことに狂喜乱舞しつつ聞き返してみる。すると五飛は怒ったように目をそらし、 「バレンタインのことなんだが…」 「バレンタイン?」 思わずいつもよりも大きく反応してしまう。 「それが、どうかしたか?」 「…その、どんなものをやればいいんだ?」 「………は?」 トロワが気の抜けた返事をするのも無理はない。チョコレートの相談を持ちかけてくるということ は、それはつまりトロワにチョコレートをあげるつもりが五飛にはないということ。 けれど他の誰にあげるつもりなのだろうか、といきなり不安と焦りに襲われる。 「五飛…。誰にやるんだ?」 おそるおそるたずねてみると、五飛はふいっとそっぽを向いてしまう。 「別に誰にでもいいだろう!」 「いや、良くはない。誰にやるのかによってあげるものは変わってくる」
トロワのまなざしは真剣そのもの。 一体誰に五飛はチョコをやるつもりなのかを聞き出すつもりで必死だ。対する五飛は、しばらく 押し黙っていたものの、やがて、 「…カトルに」 と、短く答えた。 ショックではなかったと言えば嘘になる。 ショックでなかったどころか、床に倒れこんで泣きたいくらいだ。 でもカトルなら、分かる気がしないでもない。 五飛はいつもカトルにはまともな反応をしていたし、トロワにはしないような気配りをカトルにはして いた。カトルの本性を知っているトロワなどはカトルの五飛への甘えぶりを腹立たしく思う時もあった
が、五飛は気にしていないようだった。それどころか他の誰に対してよりも対応が優しい。 カトルと五飛。 2人とも誰もが振り返るような外見の持ち主だ。性格も明るくて社交的なカトルと、物静かな五飛で あっているのかもしれない。元々五飛は育ちがいい。カトルとは何かと話も合うのかもしれない。 けれど、そんなことでは割り切れないものがトロワの胸の内にはあった。 五飛に好かれている…かな?と思える程度には五飛は自分に心を許していると思っていたのに。 例えばいつまでも夜に自分の部屋に戻らずにトロワの部屋で読書をしていたり。 例えば時折じっとこちらを見つめていたり。 それは単に都合のよい思い過ごしだったのだろうか? 次から次へと五飛の様々な表情や仕草が思い浮かんで、ますます切なくなる。 好きでたまらないのに想いは通じなかった。 切ない胸の痛みを抱えて、ベッドに倒れ臥す。 ふいにノックの音がした。 のろのろと起き上がって、どうぞ、とつぶやくように言うと、 「どうした?具合でも悪いのか?」 入ってきたのは五飛本人だった。 余程死にそうな顔をしていたのだろう。入ってくるなりトロワを見て五飛はそう聞いてきた。 「いや、大丈夫だ」 嘘である。 「そうか?」 「ああ。それより何か用があったんじゃないのか?」 椅子を勧めてそうたずねると、五飛の頬が染まる。 「お前、俺に教えなかったことがあるだろう?!」 「………は?」 初耳だ。 トロワの鈍い反応にいらいらしたように五飛は手にしていた物をトロワに押し付ける。 「今日カトルにやるチョコレートを買いに街まで行って来た」 驚いたことに店のディスプレイには 『一番好きなあの人に、一番おいしいチョコレートを送りましょう!』 と書いてあるではないか。 トロワにバレンタインについて聞いた時、チョコレートをあげる日、としか教えてもらわなかった 五飛は、初めてこの時、本当に好きな人にあげるものだと知ったのだ。 「だからっ!それは、お前にやる」 何が何やら分からなくて混乱しかけた思考のまま、とりあえず押し付けられた紙袋を開けてみる と、入っていたのは、ごくシンプルな箱に入ったダークチョコレート。 「食べてもいいか?」 頷くのを確認してから、一つを口に入れてみる。 途端にほろ苦い甘みが広がる。 さっきまでの暗い気分が一気に晴れて、押さえきれない笑みがこぼれた。 「どうだ?」 「おいしい。食べてみるか?」 聞いてみたが、五飛は首をふった。 「贈った物を横取りするわけにはいかない」 律儀な返答にふいに悪戯心が湧いて、五飛を引き寄せて、口付けた。 「…っ…!」 一瞬の隙をつかれて口付けを許してしまった。 離れようと抗ったが、単純な力比べではトロワの方に分がある。逃れられないまま、チョコレート 風味のキスを受ける。甘い、それの巧みさに溺れる。 伝えたかった。ずっと胸の内にあった疼きを。トロワのグリーンの瞳を見るたびに口走りそうに なって、けれどその度に自尊心が邪魔をした。 (…もし、断られたら?) そう自分の中の何かが囁く。 でも、もう限界だった。 自覚してしまった想いは、加速していく流星と同じくらいの熱さと速さで五飛の中で育っていく。 こんな風に口付けられたらもう止まれない。おずおずと、五飛はその口付けに答えてしまう。 けれど、ふと口唇が離れて見つめられた途端、強烈な恥ずかしさがこみあげてきて、 「調子に乗るなぁっっ!!!」 はた、と我に返った五飛はトロワを思い切り突き飛ばした。 耳どころか首まで赤くなってそんなことを言われても説得力の欠片もないが、トロワは笑って退く。 「悪かった。あんまり嬉しかったから」 部屋を出て行こうとしていた五飛がその言葉に少しだけ振り返る。 「…本当か?」 「ああ。五飛がくれるとは思ってもいなかった。だから、とても嬉しい」 このまま出て行くか、それとも留まるか、数秒迷って、でも結局出て行くことを五飛は選んだ。 「なら大切に食べろ」 ……そんな照れ隠しを残して。 一人に戻ったけれど、トロワは幸せなままだった。 (今度会ったら何をしよう?) いきなり抱きしめてみるのもいいかもしれない。 いきなりキスしたらなんと言うだろう? 嬉しくて、どうしようもないほど心が軽くて、未来が楽しみになる。 宇宙は今日も平和だ。天気は上々。それはきっと明日も同じ。 さらにこれからは五飛がもっと近くにいる日々が待っている。 幸せのあまり、さすがのトロワもポーカーフェイスが保てない。 幸せ一杯のトロワとは正反対の気分で外を眺めているカトルに、デュオが陽気に声をかける。 「どうしたんだよ、カトル〜!浮かない顔しちゃってさ!…って、それチョコ?!誰からもらったんだ よ?!カトルってばモテモテ…――――」 そこまで言って、デュオは凍りついた。 「………」 手をつけられていないチョコはハート型。でもその真中には、大きく『義理』の文字。 JAPAN地区という場所からやってきた、チョコレートを送るこの文化は、余計な部分までくっつけて きてしまったらしい。 「おかしいなあ…。僕、義理チョコのことなんてウーフェイに教えてなかったんだよ?誰だろう」 大してデュオの言うことなど聞いていないカトルは不思議そうにつぶやき、小さく含み笑いを浮か べる。 「ふふっ…。上手く騙しちゃおうと思ったのになぁ…」 次のチャンスはいつだろう?カトルはもう次なる作戦を練っているところだった。 トロワの幸せはいつまで続くことだろう。 なにしろ五飛はカトルに甘いのだから……――――――― |
2001.02.06に、ゆきのんさんから頂きました★
本当に可愛い二人を有難うございますvvvカトル様も(笑)大好きです。
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